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2015/08/17 【人民日報海外版】「黒船」ならぬ「赤船」の来航,チョウ旭社長に聞く
 
 
 
「黒船」ならぬ「赤船」 
 
―― 最近、日本の主要メディアは競うように上海電力の日本進出を報じています。1853年にアメリカのペリーが日本に開国を迫った「黒船の来航」まで引き合いに出して「赤船来航」と表現していますが。 
 
チョウ旭 150年前の出来事ですね。1853年、アメリカのペリー率いる4隻の「黒船」が開国を迫って日本にやって来て、日本社会に天地を覆すような変化をもたらしました。明治政府が封建的な徳川幕府に取って代わり、その後の明治維新によって日本は資本主義の時代に入りました。 
 
しかし、私は日本に永住の外国人として、日本は先進国でありながら経済活動に関しては閉鎖的だと感じています。欧米の企業でも日本に進出するのに長い時間を要します。それは決して故意に排斥しているのではなく、日本人の習慣、文化によるものだと思います。 
 
日本の経済が発展しているときは、この閉鎖性の弊害は露見しませんが、世界経済が一体化している今日、日本の経済が長期的に停滞すると、この弊害は突出して現れます。外資企業を受け入れにくい、国際経済と融合できない、外資との提携を拒むといった特性が見られます。 
 
まさにそうした時期に中国の上海電力という大手企業が日本のエネルギー産業に参入してきたのです。これは日本の基幹産業のみならず、国土や水資源にも関係し、大きな影響を及ぼすことになるでしょう。日本の主要メディアが我々を「赤船」と呼ぶことも理解できます。 
 
しかし、私が強調したいのは、我々の「赤船」はあの当時のアメリカの4隻の「黒船」とは異なります。アメリカの「黒船」は強大な武力を後ろ盾に日本に開国を迫りました。日本人は「圧倒的な文明の力」とも表現しました。 
 
ところが、この「文明の力」の後ろ盾は武力です。我々の「赤船」は平和の船、友誼の船であり、経済の船、協力の船です。我々は日本に投資して協力を求め、日本側のパートナーとともに、地域社会との融合に努め、地域発展の責任を担い、ウィンウィンの経済効果を勝ち取って参りたいと思います。 
 
栃木県那須烏山の太陽光発電所プロジェクトには、現地で長年廃業されたままのゴルフ場や温泉旅館などの施設を利用しました。つまり活用したのです。発電所以外にも、研究開発センター、新エネルギー展示センター、太陽エネルギー科学普及センターの建設も計画しています。 
 
これらの施設は、現地の教育事業、観光、市民のレジャーにも恩恵をもたらすでしょう。我々は決して発電所を造って金儲けするだけといったことはありません。このことは日本のメディアも地方自治体も理解し、中国の日本投資の新しい形として受け入れてくれています。 
 
 
「災い転じて福となす」 
 
――  気になるのは、一部日本のメディアが上海電力の日本投資は「経済的侵略」であると否定的に報道し、それが地方の判断と民意にいくらか影響を及ぼしていることです。それによって日本での事業に何か影響はありませんでしたか。また、投資の過程でどのような障害を克服してこられましたか。 
 
チョウ旭 確かに、日本のごく一部の人たちは、我々が土地を買うのは水源などを支配するためだとか、日本の国土を買って日本を支配しようとしていると言っていますが、すべてでたらめな憶測です。そこには感情的なものを感じます。 
 
また、経済のグローバル化にも反しています。当然、今の最悪の日中関係とも関係しているでしょう。しかし、日本の中央政府を含む主流派は肯定的態度を示し、平和的経済発展のための日本投資と理解してくれています。 
 
当然、これらの否定的報道による影響はありました。例えば、日本ではすぐに手続きができるはずのプロジェクトなのに、地方自治体がメディアの非難を受けたせいで、我々は日本の一般の企業よりも多くの手続きをしなければなりませんでした。半年以上にわたり様々な努力をした結果、何が障害になっているのかがはっきりし、前もって準備できるようになりました。 
 
すでに、福島県西郷村の76.5メガワットの事業は全面的に起動し、最近日本のメディアも取り上げています。「災い転じて福となす」で、日本の地方自治体は投資の条件を厳しくし、事実上、この種のプロジェクトの規範化、規格化、明確化が進みました。これは今後の我々にとっても日本企業にとっても有益なことです。 
 
 
二人の元総理から祝電 
 
―― 上海電力が投資した大阪・南港の発電所が開業した折、元総理の細川護熙氏と小泉純一郎氏から祝電が寄せられました。その背景と意義についておしえてください。 
 
チョウ旭 細川元総理と小泉元総理の推進によって、再生可能エネルギー推進協会が設立されました。2011年の3・11東日本大震災以降、お二人はずっと「脱原発」を提唱し、クリーンエネルギーの強力な推進を主張してこられました。 
 
これは日本国内だけでなく、国際的な協力を必要とする問題です。だから、お二人は大阪・南港発電所の竣工式に祝電をくださったのです。さらに、数名の自民党・民主党の衆参両院議員や政府高官も参列されました。このことは日本の政界が、中国を含む外資企業の日本でのクリーンエネルギー発展のための協力を支持していることの表れです。彼らも明確な意思を発信していました。 
 
 
「脱原発」の裏には核廃棄物処理の促進が 
 
―― 2011年3・11東日本大地震によって、日本は地震、津波、放射能汚染のトリプルパンチを受け、全国の原子力発電所が稼働を停止し、日本にもクリーンエネルギー転換への大きな突破口が現れました。日本はこの問題を完全に解決することができるしょうか。 
 
チョウ旭 複雑な問題です。3・11の大震災後、福島原発の問題がまだ解決に至っていないのには様々な要因があります。まず核廃棄物処理の問題です。これは技術的な問題です。当時日本が建設していたのは第一世代の原発です。現在の原発は第4世代まで発展しています。 
 
当時は技術に潜在的リスクがありました。アメリカのデザインと日本の実情が完全にはフィットしていませんでした。率直に言って、世界的に見ても今完全に原発から離れることは不可能で、これは技術分野の共通認識です。 
 
日本が抱える主な課題は核廃棄物処理の問題です。細川元総理と小泉元総理は決して原発に反対しているのではなく、核廃棄物処理の問題が解決しないうちに原発を増やすべきではないと言っているのです。 
 
二つ目は政治の問題であり、日本の政治家がいかに解決するかです。福島の被災者は放射能汚染のため土地も家屋も仕事も失い、補償と補助を必要としています。しかし、彼らが手にした補償や補助はあまりに少なく、当然不満が募り原発に反対します。日本政府はこれを政治的に解決しなければ、反原発運動は続いていくでしょう。 
 
 
 
 
中国企業は日本の理解を得る努力を 
 
―― 中国企業は日本で如何なる企業イメージを打ち立て、どのような社会責任を負うべきでしょうか。今の中国企業はどうすれば広く理解を得られると思われますか。 
 
チョウ旭 私は1988年に留学で来日し、もう27年になります。当初我々は、日本でしっかり先進技術を学び、働こうという心構えで来ました。今、中国は経済もテクノロジーも長足の進歩を見せていますが、今も日本から学びたいという気持ちに変わりはありません。日本にはまだ、学ぶべき先進的な企業管理や技術が多くあります。 
 
私は日本企業で長年働いてきて、日本の企業文化やビジネス商習慣を理解しています。中国企業は日本に来たら、日本企業とビジネスの習慣を尊重しながら、自分たちの強みや長所を導入すべきです。日本側もそれを望んでいます。 
 
彼らも中国の改革開放後30年の経済発展を眼にして、中国の経済モデルの優れた点を知っています。そして今、中国企業を再認識している最中です。ですから、中国企業は日本で日本企業ができないことをしっかりやっていけば、より広範な理解を得ることができると思います。 
 
文/蒋豊   情報元:人民日報海外版日本月刊 
 
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