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2015/04/25 【人民日報海外版】共存共栄で国民を幸せに,上海電力会長に聞く
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 「2011年、東日本大震災が発生してから、日本政府は風力発電などの新エネルギーを求めるようになりました。上海電力は日本へ投資し、震災後の日本経済の復興を助けたいと願っています。当社としては、世界経済一体化時代の共存共栄の理念を追求し実践するだけでなく、日本の同業他社と共に日本社会と日本国民を幸せにするための貢献をしたいのです」。2014年4月25日、上海電力の本社を訪ねると、王運丹会長はこう語った。「共存共栄」はインタビューのための発言ではなく、上海電力の「対外進出」という国際社会に打って出るための方針だと思えた。この言葉をキーワードにインタビューを展開した。 
 
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「百年企業」の誇りとプレッシャー 
 
―― 上海電力は歴史の長い「百年企業」であり、「百年ブランド」です。アジアにおける位置付けをご紹介いただけますか。 
 
王運丹 上海電力の歴史を語ろうとすれば、1882年7月までさかのぼらなければなりません。当時の上海最大の英字新聞『North China Daily News』に、前日上海で初めての電灯がついたというニュースが掲載されています。1882年7月26日は中国に電気が通った記念日です。現存する資料によると、上海は世界で3番目、アジアで最初に電気の通ったところです。 
 
 1949年には中国は約43億キロワット時の発電能力がありましたが、アメリカの70分の1に過ぎませんでした。しかし、上海電力はその半分以上を占めていました。ですから、中国近現代における文明化のなかでわれわれ上海電力は常に「電気の伴走者」としてともに進んできました。しかし、上海電力百年史を語る時に、われわれは百年の歴史に誇りを持つと同時に、歴史から受けるプレッシャーも感じていること、百年の歴史を裏切らないためにどうすればよいのかを考えなければならない、と言いたいのです。 
 
  
 
目撃者となる幸運 
 
―― 1970年代末から80年代にかけて中国は改革開放政策を行い、電力の発展は目覚ましいものでした。改革開放政策の30数年間、中国の電力の最大の変化は何でしょうか。 
 
王運丹 一人の中国電力界の人間として、私は改革開放後の中国の電力の発展を目撃できて幸運だと感じています。私が1982年に上海財経大学を卒業した時、上海地区の電力不足は深刻で、電力の使用制限をしなければならず、それにより上海の経済成長と市民生活の改善は制約を受けていました。 
 
 30数年の改革開放により、中国経済の規模は大きくなり、エネルギー供給にも根本的な転換がありました。同時に、当社の設備水準も大きくレベルアップしました。 
 
 1950年代、中国は1万2000キロワット時の発電装置を模造することしかできませんでしたが、改革開放後、当社は欧米と日本から大量の設備を導入し、まさに不断の導入、消化吸収、技術革新によって、中国の電力工業全体のレベルを向上させ、中国の電力工業は飛躍的な発展を遂げたのです。 
 
 われわれがこの30数年間に飛躍的発展を遂げられたのは、改革開放のおかげであり、国際間で繰り広げた技術経済協力とは切り離せないと思います。 
 
  
 
日本の環境保護技術と理念の影響 
 
―― 中国の電力の30年来の成長の過程では、隣国日本から多くの援助を受けています。貴社ではここから何かを吸収しましたか。 
 
王運丹 はい。例えば、1990年代初頭に伊藤忠商事と合作して未臨界60メガワットタービン発電装置を設計生産しました。1982年、私が大学を卒業したばかりのころには、日本は宝山製鉄所プロジェクトを進行中でした。私は宝山で実習したこともあり、当時の中国では最先端である30メガワット発電装置技術を日本から導入したことを知りました。現在では、30メガワット発電装置は当社でも容量が最も小さい設備となりました。これも時代の変化ですね。 
 
 また、日本の発電過程での環境保護理念、技術にも大きな影響を受けています。上海電力はもともと石炭による火力発電が主力でしたが、天然ガス発電が拡大し、現在は風力や太陽光などのクリーンエネルギーを使った発電が増えています。 
 
 当社と日本、欧米諸国とは、「みんなが地球人として地球と人類に責任を持たなければならない」というコンセンサスを有しています。標準的な発電について、われわれはクリーンで高効率、排出量削減を達成すべく努力しています。この基礎の上に、新エネルギーによる代替を行っています。 
 
 上海電力の親会社である中国電力投資グループは中国最大の太陽光発電企業です。上海電力は火力発電ユニット構造のグレードアップを急ぐとともに、風力発電、太陽光発電などの新エネルギー分野でも大きな進展を遂げており、風力総発電量は241.5メガワット、太陽光総発電量は117メガワットピーク、石炭ガス化複合発電というクリーン石炭発電については現在研究が進んでいます。 
 
  
 
国際的一流企業になるという志 
 
―― 上海電力はまさに積極的に対外進出を行い、国際経済の舞台に向かっていると同時に、率先して国際的に一流の総合エネルギー企業になろうとしています。対外進出の現状はどのようなものでしょうか。 
 
王運丹 二つの問題を挙げられましたね。一つは国際企業とは何か。もう一つは当社の海外戦略ですね。 
 
 まず、国際的な一流企業ということですが、私の理解としては、企業は国際的な規則に基づいて経営されなければならない、つまり、製品の良し悪し、品質の良し悪しは国際的に認められた基準によって評価すべきだということです。今、上海電力は国際的に一流の総合エネルギー企業になったと言えますが、それは当社の供給するエネルギーが安全で、経済的で、環境にやさしいものであり、国際電力企業の高い基準に達しているからです。 
 
 海外戦略についてですが、上海電力は日本を含めた南北アメリカ、アジアなど13カ国にエネルギー投資を行っており、今後もどんどん進めていく予定です。 
 
  
 
日本社会のさまざまな声を聞く 
 
―― ここで一つお聞きしたいのは、御社が日本に投資した基本的な動機は何かということです。率直に申し上げて、上海電力の「大きな動き」に対し日本社会からは疑惑の声も上がっています。それについてはどう思われますか。 
 
王運丹 2011年の東日本大震災発生後、日本の政府と国民はエネルギー構造の改善に新しい考え方を持つようになりました。遠慮なく言いますと、国際的な電力企業として、われわれはこれをチャンスととらえました。私が言いたいのは、もし上海電力にこのチャンスが見えないようなら、それは閉鎖的な企業であり、とても国際的企業とは言えないということです。 
 
 これと同時に、日本政府が地震後に公布した一連の法律と条例は、太陽光エネルギーを積極的に支援する政策だと分かりました。そういった大きな背景のもとで、当社は全面的にマーケティングを行い、上海電力が日本に投資し、太陽光エネルギーなどの新エネルギーを共同で開発することを通して、震災からの復興に何かお手伝いできないかと考えました。現在、日本の多くの企業が当社と提携合作しており、別の角度からは、日本社会が当社を歓迎していることが分かります。 
 
 さきほどおっしゃった日本社会の疑惑の声、さらには不協和音が出ていることについては、当社も気にしています。私は善意の視点から理解しています。例えば、一部の日本の人たちは中国に対する理解不足のため、中国製品の品質を心配したり、未来の日本市場を心配したりしています。日本が中国に投資するのには慣れていても、中国企業が日本に投資することには適応できないようです。これについては理解できます。 
 
 さらに、ここで申し上げておきたいと思います。当社の持つ技術力は国際的に高水準であり、日本政府と業界の厳しい審査を経ています。当社は最も優れた品質の新エネルギー発電所によって、これらの疑惑を消していきます。 
 
 現在、国際社会は経済のグローバル化時代に入っており、昨日はあなたが私に投資し、今日は私もあなたに投資する、という時代なのです。これは経済の法則と市場ルールによってなされることであり、さらに重要なことは、共存共栄することによってのみ、時代、社会、国民を幸せにできるということです。 
 
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地域に投資し貢献する 
 
―― 現在、どの国の企業が海外に投資するにせよ、社会貢献、地域貢献などについて考慮していますが、貴社はこの点については何かお考えですか。 
 
王運丹 もちろん考えています。「公共事業」という言葉がありますが、この「公共事業」という視点から、当社のいかなる投資も地域住民にマイナスになってはいけないと思います。当社は海外投資の前に、十分にフィージビリティスタディー、評価を行い、エコエネルギーに奉仕するという企業理念を守り、プロジェクトの長期的な有効運用を重視しています。 
 
 投資の過程では、現地社会への貢献を十分に考えます。例えば、タンザニアでの投資では、発電所建設に参与するほか、現地の電力不足を緩和し、また現地住民が井戸の水を汲んで飲んでいることを知り、水道管を敷設して飲料水の衛生状態を改善しました。 
 
 トルコでの投資後、現地法人の社長には現地の人を登用しました。日本での投資の際には、日本人従業員を雇用しただけでなく、すべての事業に日本の現地の協力者と提携パートナーを受け入れました。 
 
  
 
日本の印象 
 
―― 日本には何度もいらしていますか。日本の印象はいかがでしょうか。 
 
王運丹 日本には何度も行っています。初めて日本に行った時に二つの日本語を覚えたことが印象に残っています。一つは「ありがとう」で、これは一種の礼儀でもあり、また心を伝える言葉でもあります。もう一つは「あなたは誰々ですか」で、私は日本に友人がいたので、電話した時には必ずこれを言う必要がありました。その時、最も感動したのは新幹線に乗ったことです。新幹線の時速は200キロメートル、当時の中国の列車の平均時速は60キロメートルほどだったので、特に深く印象に残っています。 
  
 
取材後記: 
 
インタビュー終了後、王運丹会長に揮毫をお願いした。会長はしばらく考えて、「知恵互融、価値共昇」(知恵を合わせてともに価値を高める)と書いてくれた。心の声を表す文字から、王運丹会長の求めるものが見てとれた。 
 
文/蒋豊   情報元:人民日報海外版日本月刊   
原文链接:http://jp.jnocnews.jp/news/show.aspx?id=53918
 
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